東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)72号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 原告は、審決取消事由として、本願第一発明と第一引用例記載の発明との間の相違点についてした審決の判断の誤りを主張するので、この判断の当否について検討しなければならないが、この相違点は、請求の原因四2に記載の、本願第一発明のヘ及びトの構成についてのものであるから、右構成が容易に推考できたか否かについて、以下判断を加える。
2 成立に争いのない甲第六号証(本願明細書添付の、本件出願に係る昭和五九年一月二〇日付け手続補正書)によれば、ジグザグ縫ミシンは、所定のパターンに従つて針を横振運動させるものであり、この横振運動を一定の割合で減少又は拡大すれば、所望の大きさの模様が描けること、並びに、針の横振運動は、駆動源からの動きをリンク機構によつて伝達してなされるものであること(本願明細書の第四頁第一二行ないし第五頁第一〇行の本願第一発明の技術的背景に関する記載参照)が認められる。
そして、右甲第六号証によると、ジグザグ縫ミシンで、単一の針を二つ又はそれ以上の針で置換するとき、二つ又はそれ以上の針が単一の針の場合より広く揺れて、針を針板内の開口部領域の外に出してしまい、その結果、織物に差し込むとき、針を壊すことになつてしまうので、針の揺れ振幅を制限することが必要になつてくることが認められる(本願明細書第四頁第一四行ないし第二〇行参照)が、この技術的課題は、針の揺れの幅と、針板内の開口の関係によつて生じる問題であるから、ジグザグ縫ミシンが、機械的に制御されるものであつても、また電子的に制御されるものであつても生起する問題であることは自明のことというべきである。
本願第一発明でも、右問題を解決することを技術的課題としたことが、前掲甲第六号証によつて認められる本願明細書の第八頁第四行ないし第一三行の記載から認められるところであり、この技術的課題を解決するための手段が、前記ヘ及びトにおける、第二の回路に関する構成であると認めることができる。
3 ヘの要件は、第二の回路を構成するスイツチ装置を、「電気的モータ装置への電気的入力信号の振幅を制限する」という機能をもつて限定するものであり、トの要件は、「手動振幅制御装置の選択にかかわらずスイツチが駆動されるたびごとに電気的入力信号を一定割合だけ小さくするように作動」するという、第二の回路の作動の態様と、「スイツチ装置の駆動で針装置の横振運動の最大限が制限されるようにした」という、第二の回路の作動の結果得られる効果をもつて限定したものであることが、ヘ及びトの要件の要旨から明らかである。
すなわち、第二の回路に関する構成要件では、物としてはスイツチ装置が規定されるだけであつて、他は、このスイツチ装置の機能と、作動の態様及び効果が規定されているにすぎない。
4 いずれも成立に争いのない甲第七号証(昭和四七年実用新案出願公開第二三一五一号公報)及び甲第八号証(昭和四九年実用新案出願公開第四四四五九号公報)によれば、右各公報に、ミシン用モータ制御において、モータへの電気的入力の大きさを変更するスイツチ装置を設けた回路の例が記載されていることが認められる。そして一般に、電気的モータ装置は、入力に比例した出力を得られるものであつて、モータへの入力を制御する入力信号は、必要とする出力についての情報を持つものといえるから、モータへの入力を制御するSCRのゲートに加えられる制御電圧は、モータの速度に関する情報を含むものと理解できる。そうすると、ミシンの速度制御を行う場合において、モータへの電気的入力の大きさを変えるスイツチ装置を設けた回路を採用することは、従来から周知のことであつたということができる。
他方、電気的モータの出力パラメータとして、速度のほかに回転数などの運動量があること、及び、これらの出力パラメータは入力に比例するものであることは、いずれも、モータにおいて自明の事項である。モータの出力である速度を制御することに代えて、運動量を制御するようにすることは、モータが用いられる対象や態様を考慮して適宜決定されるべき事項にすぎないというべきである。
5 第二引用例に、「ジグザグ縫ミシンにおいて、振幅調節装置により揺動範囲を手動又は自動的に調節し得るようにされた揺動体に振幅調節体を摺動自在に係合させ、該振幅調節体の係合位置を変更することにより振幅を所定の値に減少させるようにした複数針の損傷を防ぐための振幅減少装置」が記載されていることは当事者間に争いがなく、ここには、本願第一発明と同様の技術的課題を、機械的な手段によつて解決することについての技術的思想が開示されているということができる。
原告は、本願第一発明と第二引用例記載の考案とは、全く別の技術的課題を解決するためになされたものであると主張する(請求の原因四3)が、そこで主張されているところは、帰するところ、技術的課題が対象としているミシンが機械的な制御によるものか、電子的な制御によるものかの差異のみを根拠とするものであつて、この主張をもつてしても、さきにみた技術的課題は、機械的な制御によるミシンと電子的な制御によるミシンとで共に生起するものであるとの前記判断を覆すものではない。
なお、前掲甲第六号証によれば、本願明細書中の発明の詳細な説明として、「(本願発明によれば、デイジタル・アナログ・コンバータの出力におけるアナログ信号に対する)一定の制限は、リニア・アクチユエータへの入力の前に加えられ、そして上述のような無効制御の動作(デイジタル・アナログ・コンバータから提供される送り及び横振の両パターン情報を無効にして、リニア・アクチユエータの制御を変更すること)の前に加えられ、オペレータが無効制御で信号を修正してその結果必要以上に大きな振幅で針を揺らすという危険はない。」(第七頁第一八行ないし第八頁第三行)と記載されていることが認められる。
しかしながら、右記載にある、「一定の制限は、リニア・アクチユエータへの入力の前に加えられ」ることは、第二引用例に示されるように、電気的モータの出力を機械的な制御手段によつて制御する場合におけると同じく、針の振幅を制限するという結果をもたらすことを意味するにすぎない。このことに加え、第二の回路についての要件である前記ヘ及びトの構成は、前記3で判示したとおり、スイツチ装置の機能並びに作動の態様及び効果に関するものにすぎないのであり、この機能並びに作動の態様及び効果を達成するための具体的な構成については、本願第一発明の要旨で規定されているところではないこと(ちなみに、成立に争いのない甲第五号証(本件出願の昭和五九年七月三一日付け手続補正書)によると、本願発明の特許請求の範囲(2)の項で初めて、実施態様項として、「無効制御装置による前記の電気的入力信号のいかなる変形よりも前に前記の電気的入力信号を小さくするように動作する」と規定されていることが認められるところである。)からすると、発明の詳細な説明の右記載中にある、「無効制御の動作の前に加えられ」ることをもつて、さきにみた技術的課題とは別個の技術的課題が本願第一発明に存在するものと認めることはできない。
ところで、機械的に制御される装置に新たな制御機能を付加する場合、機械的な制御手段によつてこれを行おうとすることは、まず始めに考えられる設計上の常套手段であり、電子的に制御される装置に新たな制御機能を付加する場合に、これを電子的な制御手段によつて行うことも、始めに考えられる設計上の常套手段であるというべきである。前掲甲第六号証によると、本願第一発明は、そもそも「改良電子制御ミシン」に関するものであること(本願明細書第四頁第九行)が認められ、本願第一発明において、新たな制御機能を付加する場合、電子的な制御手段によつてこれを行うことは、まず始めに考えられる事項であつたといわなければならない。
右にみたところによると、第二引用例に示される機械的な複数針損傷防止手段による針装置の横振制限の構成を、電気的モータへの入力を制限する周知のスイツチ装置に代えることは、当業者が容易になし得たことにすぎないと認めるのが相当であり、このことからすると、本願第一発明と第一引用例記載の発明との間の相違点に関するヘ及びトの要件も、第二引用例記載の考案及び周知の事項から容易に推考し得たものというべきである。原告が、請求の原因四5で主張する本願第一発明の作用効果も、本願第一発明と技術的課題を共通にする第二引用例記載の考案、前記周知の事項、並びに、針装置の横振運動の制御を電子的に行うという構成を採用したところから容易に推測されるものにすぎない。
6 したがつて、「(本願第一発明と第一引用例記載の発明との間の)相違点は、第二引用例記載の装置及び周知の技術事項から当業者が容易に推考し得るものである。」とした審決の認定、判断に誤りはなく、原告が主張する審決の取消事由は理由がない。
三 よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却する。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
(1) 縦に往復する針装置、
前記の針装置の相対的な横振運動をさせるための駆動装置、
前記針装置の相対的な横振運動を制御するように前記駆動装置に接続された電気的モータ装置、
選ばれたパターンに従つて電気的入力信号を生成し、該電気的入力信号を前記の電気的モータ装置に接続する第一の回路、
前記の電気的入力信号の振幅を選択的に変えるための手動振幅制御装置、及び
前記の電気的モータ装置への電気的入力信号の振幅を制限するためのスイツチ装置を含む第二の回路を有し、
前記電気的モータ装置は前記の電気的入力信号に比例した出力を有しており、前記第二の回路は、前記の手動振幅制御装置の選択にかかわらず前記スイツチが駆動されるたびごとに前記の電気的入力信号を一定割合だけ小さくするように作動し、前記のスイツチ装置の駆動で、前記の針装置の横振運動の最大限が制限されるようにしたことを特徴とするミシン(以下「本願第一発明」という。)。
(2) 一つ又はそれ以上の針を支持するようにされている針棒、
電気的入力信号に応答し、前記の針棒の横振運動をさせ、前記の電気的入力信号の振幅に比例した前記の針の横振運動の振幅でパターン化されたステツチを作り出すための駆動装置、
所定の振幅の電気的入力信号を前記の駆動装置に供給するよう動作する第一の回路装置を有するパターン制御装置、
前記の電気的入力信号の振幅を選択的に変えるための手動振幅制御装置、及び
前記のパターン制御装置に接続されて動作するスイツチ装置を含む第二の回路装置を有し、
前記のスイツチ装置は二つ以上の針が前記の針棒により支えられている時、電気的入力信号の所定の振幅を、前記の手動振幅制御装置の選択にかかわらず前記のパターン制御装置により供給されるその本来の値の一定割合だけ小さくするように動作することを特徴とするミシン(以下「本願第二発明」という。)。